My Favorite Horse Vol.27 ハクサンムーン

5年前の朝日杯FS。直線半ばで一杯になり、馬群に沈んでの殿負けに終わりながら、二の脚の速さでスタートの出負けを帳消しにしてハナを取り切ったスピード能力の高さに「上手く育てればスプリンターとして化ける」と当ブログで評価した。それが旋回癖を持つ個性的なスプリンター・ハクサンムーンとの出会いだった。

逃げ一手の脚質ながらスタートは上手くなく、むしろ若い頃はいつも出負け気味。しかし、注目する切っ掛けとなったケタ外れに速い二の脚の加速力でハナを取り切るという従来の同型馬とは違うタイプだったのも琴線に触れる要因だったのかもしれない。

だが、陣営には3歳春の時点では距離適性を伸ばす意図があったのか、1400mで控える競馬を試みられた事もあった。しかし、その試みはいずれも失敗に終わり、デビュー7戦目で後の盟友となる酒井学とのコンビで逃げ切ると、逃げ一手のスプリンターとしての道を歩む事になる。

とはいえ、類い希なるスピード能力の高さを随所に見せつつも、逃げ一手という脚質故に自分のリズムを崩されると脆かったのもあって、気になる存在でありつつも馬券で軸にしたのは試行錯誤してた条件馬時代と4歳のアイビスSD、6歳のセントウルSしかない。
展開面や馬場を考慮して予想では無印にしたレースも何度かあった。逃げ潰れる事もあったが、予想に反して逃げ粘って好走すると「やっぱり、この馬は自分のリズムで行き切らせると怖いなぁ」とケレン味のないスピードを再確認して、次走はまた注目するという繰り返しだった。

キャリアを振り返ると一番強かったのは4歳だったと言える。この年は初戦のオーシャンSで9着と逃げ潰れた以外は全て3着以内に好走してる。
特にスピード能力の高さが直千競馬にリンクしてたアイビスSDと休み明けで8分の出来とはいえ絶頂期だったロードカナロアを完封したセントウルS、前半3F32.9で入りながらもロードカナロアの2着に粘ったスプリンターズSは完成期に差し掛かった印象を与え【ロードカナロア引退後はこの馬の時代になる】とさえ思ったが・・・
まさか、セントウルS以降は2着に粘る事はあっても1勝も挙げられないとは夢にも思わなかった。GⅠを勝てる能力を持ちながらピーク時がロードカナロアと被るという、生まれた時代が悪かった的なポジに収まるとは・・・競馬に限らず、勝負の世界の残酷さを感じずにはいられない。

5歳の高松宮記念は出遅れが祟って5着、スプリンターズSは玉砕覚悟で競り掛けられて本来の逃げを打てずに大敗。6歳の高松宮記念は番手からでもリズムを守れた走りで押し切れるかと思わせたところで世界トップクラスのスプリンターエアロヴェロシティの鬼脚に屈し、スプリンターズSではリズムを欠いた逃げで失速。結果的に引退レースとなった今年の高松宮記念は逃げ争いで共倒れとGⅠでは悉くツキに見放された感じだった。

秋のGⅠ戦線に備えて帰厩したが、条件面が上がって来なかったのと7歳という年齢を考慮されて引退する事が急転直下で決まった。今後はアドマイヤムーンの後継種牡馬として優れたスピードを産駒に伝えてほしい。お疲れ様でしたm(__)m

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My Favorite Horse Vol.26 キングトップガン~2011年目黒記念~

昨年、このシリーズでナカヤマフェスタを取り上げた際、某掲示板でマヤノトップガン産駒の応援スレを立てた話をしたが、そこで親しくなった人(ナカヤマフェスタの人とは別人)から注目してるトップガン産駒として教えてもらったのが、デビュー間近だったキングこと、キングトップガンだった。丁度、10年前の今頃だったと思う。

その人が何故注目してたのか覚えてないが(デビュー戦で騎乗した池添が「大きいところを狙える器」と評してたっけ?)、デビュー2戦は勝てなかったものの、アンカツとコンビを組んでダートに転向して連勝。
そのまま順調に行けるかと思われたが、3歳6月までデビューが遅れた体質の弱さもあってか半年程休養。叩き2戦目から連勝し、準OPに目処を付けたところでまた休養と、4歳夏までのキングは順調に使えなかった。

4歳暮れに復帰したキングは体質の問題が解消されたのかコンスタントに出走するようになり、満を持して芝路線に転向する。元々、芝でデビューさせたくらいだし、アンカツも「本来は芝向き」と評価してた経緯から、この転向は当然の帰結と言えた。
ダートでは先行する傾向だったキングだが、芝では溜めて差すスタイルにシフトチェンジし、転向3戦目にしてOP入りを果たす。しかし、溜めても海猿やジョー程の切れはなかったのもあって、海猿との対決となったオーストラリアTは上がり勝負で切れ負けしての10着。
しかし、重賞初挑戦となった目黒記念はホクトスルタンの絶妙な逃げが決まる不向きなペースながら、6着まで押し上げて一定の目処を付けた。

キングは函館に移動し、巴賞から函館記念という青写真を組んだが、状態の良さから急遽予定を早めて大沼Sに出走する。
下級条件をダートで勝ち上がった経緯からダートのOPでどれだけ走れるか試したかったのか、芝ダートの二刀流で使う考えがあったのか・・・いずれにせよ、この予定変更からキングの運命が大きく変わった気がしてならない。
大沼Sで3着に敗れたキングは予定通り函館記念に登録したが、現地で起きた地震に驚いた際に左前脚球節を骨折して休養。翌年春に復帰したが、先々は通用するかに思えたそれまでの走りは影を潜め、殆どのレースで後方から見せ場のないまま流れ込むレースが続いた。
アンカツもいつしか離れて様々な騎手が乗り、次第にハンデも軽くなってダートを使ったり色んな距離を使ったが、笛吹けど踊らず。いつ見切りを付けられてもおかしくない状況となって丸2年が過ぎた。

大阪―ハンブルクCに出走したキングは18頭中18番人気。最軽量50キロとはいえ、3年近く掲示板に載ってない8歳馬には妥当な評価と言えたが、中団で脚を溜めてたキングは突然スイッチが入り、翌年の天皇賞を制したビートブラックにクビ差の2着と激走。
流石に紛れ一発と思われたか、続くメトロポリタンSでも14頭中11番人気だったが、最内から抜け出すのに手間取らなければ掲示板はあったかもという6着に健闘。

トップガン産駒は終わったと思わせてもうひと山ある。これは俺の持論だが、この馬でそれが実証されるとは思わなかった。そして、3年ぶり2度目の出走となった目黒記念を迎える事になる。

2戦連続芝2400mで好走、運良く空いていたとはいえ、ノリが51キロで乗ってくれたのもあって7番人気と穴人気してたキングは内ラチ沿いのコーナリングから3番手に付ける積極策。
向こう正面で2番手に上がり、4コーナーで逃げ馬を交わして早々と先頭。坂下では後続に3~4馬身くらい離しての逃げ込み態勢。流石に坂上で脚が上がりかけたが、後続も馬場に脚を取られて差はなかなか詰まらず。1番人気ハートビートソングの追撃をクビ差凌いだところがゴールだった。
この日は家で中継を見ていたが、4角先頭から思わず立ち上がってゴールまで叫び通しだった。3~40分前にムスカテールがピンナの糞騎乗で負けてた反動もあり、馬場を見越した積極策でキングを勝たせたノリの神騎乗に心底痺れた。応援馬券を含めた馬券も大勝利と予想でも会心のレースだった。

そして、本来なら3年前に出走してた筈の函館記念に出走したキングは直線半ばまで内ラチ沿いに張り付き、ゴール前で先に抜け出したマヤノライジンを交わす省エネ騎乗で重賞連勝。ただ、雷神を取り上げた際にも書いたが、このレースは休日出勤で馬券を買い損ねた悔しさから複雑な心情だったりする。
重賞連勝で「秋にはメルボルンCも視野に」という、それまでの状況から考えられない仰天プランも出たが、重賞3連勝を狙った札幌記念は逃げる競馬が合わなかったか、直線で呆気なく失速して10着と大敗。いつしか、メルボルンC出走プランも立ち消えとなった。

その後のキングは目黒記念と同条件のAR共和国杯で6着に入った以外は確変が入る前の状態に逆戻り。翌年の福島記念(15着)を最後に現役を引退し、福島競馬場の誘導馬へと転身して現在に至る。

キングが波瀾万丈の現役生活を送った数年間は内国産種牡馬として一定の地位を築いたトップガンが徐々に活力を失い、重賞戦線を賑わせた産駒が少しずつ姿を消して行く過渡期の数年でもあった。
俺が某掲示板に立てた応援スレもキングが重賞連勝してた頃まではそれなりに賑わっていたが、次第に過疎り出して現在では俺以外の書き込みは殆どない。
キングを推してた人は俺が一時期掲示板を離れた時期に血液の病気を患い、書き込む頻度が減った。俺が戻って来てからは数ヶ月に一度やり取りする事が何度かあったが、震災の前後から書き込みが途絶えた。

尤も、某掲示板自体がここ2、3年でかなり過疎化が進行しており、離れた人が戻って来る可能性は現実的に考えれば限りなく低いだろう。しかし、現時点で俺はスレを畳むつもりはない。
彼らがいなければ、まがりなりにも10年以上その掲示板に居続けなかったし、こうしてブログを始める事もなかった。前にも書いたが、来る者拒まず、去る者は戻って来るまで待つのが信条。たとえ掲示板での交流でも受けた恩義は忘れてはならないと思ってる。

別の馬の応援スレだが、過疎って似たような状況になって2年くらい経った頃、かつての住人が戻って来て暫く交流があった前例もある。戻って来る可能性はゼロではないのだ。
福島開催の中継で誘導馬をやってるキングを見ると、たまに件の人を思い出す事がある。またいつか、くだらないジョークと共にフラッと戻って来るんじゃないかと・・・

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My Favorite Horse Vol.25 メジロライアン

1991年の宝塚記念を勝ち、種牡馬としてもメジロドーベル、メジロブライトと2頭のGⅠ馬を輩出したメジロライアンが今朝亡くなった。

往年の大リーグの名投手ノーラン・ライアンからとった馬名、特徴的なモヒカンカットと500キロを超える雄大な馬格から繰り出す末脚(但し、ジリっぽい)、あと一歩届かないもどかしさと「次こそは勝ってくれる筈」という期待感が相俟って肩入れしたくなる馬だった。
ハクタイセイに外から被せれて脚を余した皐月賞、「赤い帽子がただ一騎!」の実況と共に追い込むもアイネスフウジンの逃げを捕らえ切れなかったダービー、ステイヤーとしての資質を開花させたメジロマックイーンの後塵を拝した菊花賞と天皇賞、オグリキャップ感動の大団円の影で神様の掛け声(実況がオグリしか触れないので「2着にライアンが来るぞ」の意味で叫んだとか)と共に差して来た有馬記念・・・もどかしさが溜まりに溜まっての従来のスタイルを捨てての早め先頭から押し切った宝塚記念は本当に嬉しかった。


そして、負けても負けても「俺の馬が一番強い」と強気の姿勢を崩さなかった若き日の横山典弘を育てた偉大な馬だった。尤も、この強気の姿勢が「次こそは~」と思わせる最大の要因だったわけだがw
今の時代なら、こうしたノリのラッパは「一番強いって何回負けてるんだよwww」と格好のネタ扱いになったであろう。また、時には厳しい言葉をぶつけながらも一貫してノリを起用し続けたオーナーサイドの姿勢は有力な騎手を囲ってたらい回しにするエージェント制度の弊害、結果を出しても盲信的なまでの外国人騎手偏重主義に伴う乗り替わりで騎手と馬が関係が希薄になってしまったビジネスライクな今の時代から考えられない人と人、人と馬の絆を感じさせるドラマ性があった。


そして、ライアンは現役時代に好きだった馬の子供を応援し、その子供の活躍に一喜一憂する競馬の醍醐味の一つである血のドラマの楽しみ方を教えてくれた最初の馬だった。
先にオグリキャップ産駒がデビューしていたが、サンデーサイレンス・トニービン・ブライアンズタイムの御三家の時代に差し掛かっていたし、オグリ産駒も今一つな状況で「種牡馬としては・・・」という評価が定着しつつあった(実際に失敗におわったが)。
ライアンはそれ程期待を懸けられての種牡馬入りではなかったし、同時期の種牡馬では菊花賞馬レオダーバンを推す声が高かった。俺も「そうか、今年からライアンの子供が走るんだ」程度の認識しかなかった。

しかし、ライアンの子供は初年度から期待以上の活躍をみせた。
当時、関東の穴ジョッキーとして頭角を現してた吉田豊を一躍全国区にのし上げたメジロドーベル、クラシックでは惜敗に終わったが、父が勝てなかった天皇賞を制したメジロブライト、ノリがライアン産駒でダービーに騎乗という堪らんシチュエーションを提供したエアガッツと大ブレイク。一躍、内国産種牡馬の雄としての地位を築いた。
特にドーベルとブライトの活躍はマックイーン・ライアン・パーマーの三羽烏が引退した後、低迷していたメジロ軍団の復活という嬉しい相乗効果をもたらした。2世代目からメジロランバートがクラシック戦線で善戦し、トーホウドリーム、ウインブレイズ、スキップジャックと重賞馬を送り出した。

だが、初年度のドーベルとブライトに匹敵する産駒は遂に出て来ず、2007年に種牡馬を引退。後継種牡馬として期待が懸けられたブライトは早世して血の継承を果たせなかった。メジロも数年前に解散し、あの勝負服も競馬場で見る事はなくなってしまった。
メジロもライアンの子供達も時代の徒花だったのかもしれない。しかし、今の時代では見出し辛くなってる競馬の楽しみ方を教えてくれた事実は変わらない。

Twitterでアップされてたライアンの死に顔は今にも目を開けるんじゃないかという感じで涙が出そうになった。競馬の楽しみ方を教えてくれた名馬の死に合掌m(__)m

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My Favorite Horse Vol.24 ナカヤマフェスタ~2010年宝塚記念~

10年前の夏、マヤノトップガン産駒の応援スレを某掲示板に立てた。
当時、トップガン産駒は古株になってたチャクラとプリサイスマシーンが両輪として健在、ワキノカイザーが関西ダート準OPの番人に居座り、マヤノグレイシーが長期休養明けから復帰し、トップガンジョーが最も層が厚かった第4世代(メイショウトウコン、ホッコーパドゥシャ等)を牽引してた頃である。

その掲示板は今とは比べ物にならないくらい賑わっており、一緒に応援してくる人もすぐ見つかるだろうと思ってたが・・・
確かに賑わってはいたのだが、住人の多くは10代後半~20代前半の若い世代で、リアルタイムでトップガンは疎か、オグリキャップやトウカイテイオーを見てた20代後半の俺はオッサン扱いされたのを計算に入れておらず、定着してくれた住人が現れるまで数ヶ月掛かったw

で、定着してくれた人達とトップガン以外の話題で盛り上がった経緯から、その内の一人に某所に雑談専用の掲示板を開設してもらい、2つの掲示板の利用が数年続く事になる。
因みに、そこでレースの予想や回顧を書き込むようになり、紆余曲折あって「ブログ?そんなの面倒くさいw」と言ってた俺がブログを開設するのだから、世の中判らないものであるw

エラく前置きが長くなったがwその某所に掲示板を開設してくれた方が「この馬、面白い存在になりますよ」と書き込んだ馬こそ、今回取り上げるナカヤマフェスタである。
その人は俺より少し上の世代で競馬に関する知識も博識だった。あまり頻繁には掲示板に来なかったので記憶が曖昧になってるが、父系よりも母系に着眼点を置いてた人だったと記憶してる。ナカヤマフェスタもパラダイスクリークやタイキブリザードがいた母系に注目して紹介してくれたのだと思う。
因みに、以前取り上げたサンレイジャスパーもこの系統から出てると・・・つい先程知ったw

ナカヤマフェスタを紹介してくれたのは当時クラシックの有力馬と目されたブレイクランアウトを破った東スポ杯2歳S直後だった。レースを見れば、派手さはないが乱戦向きのしぶとさ、馬格はないが並ばれても抜かせない勝負根性は確かに面白そうな雰囲気があった。
当時、ドリームジャーニーが覚醒してたとはいえ、今ほど評価を確立してなかったステイゴールド産駒(しかも、メジロマックイーンとのニックスを持たない)というのも通好みな印象に拍車を掛けてた。
尤も、当時はPO馬のリクエストソングがきさらぎ賞でリーチザクラウンの2着に健闘してクラシック戦線に乗り、意識の比重はそちらに偏っていた。一方、この馬も京成杯2着後は体調が整わず、トライアルを回避してのぶっつけローテとなった事で皐月賞時は特に注目してなかった。
だが、結果は8着だったが、先行馬が壊滅した厳しい流れである程度前に付けて踏ん張れたしぶとさは評価出来る内容だった。状態が戻れば、東京2戦2勝のダービーでは怖いんじゃないかと・・・

その思いは田んぼ馬場にまで悪化したダービー当日で確信に変わる。東京での実績とステゴ×リボーなら道悪は苦にしなさそうな先入観、何より25倍前後の単勝オッズ・・・気がつけば、単複買っての本命にしてたw勝てば余裕で10万オーバーになる金額をつぎ込んで観戦したが・・・
この馬場であってはならないまさかのESP(もう死語?)発動。後方から力任せに追い上げたものの、前にいないとどうにもならない田んぼ馬場では4着までが精一杯。何ともほろ苦い結果になった。

とはいえ、この馬に対する印象はダービーから大きく変わった。地味な印象は付きまとうが、能力自体は相当に高いと。秋初戦のセントライト記念を持ち前のしぶとさを発揮して勝利した時は「菊はこの馬で決まりだな」と思ったが・・・
いやはや、菊花賞と中日新聞杯は全然走らなかったw輸送に慣れてなかったのか判らないが、口アングリ状態の惨敗。予定してた有馬は回避し、来シーズンに備える事になった。

復帰したのは4月後半のメトロポリタンS。3歳秋2戦惨敗からの休み明けで重賞2勝の実績がありながら3番人気に止まったが、先行抜け出しの正攻法で快勝。そして、運命の宝塚記念を向かえる。
この年の宝塚はGⅠ4勝馬ブエナビスタ、天皇賞馬ジャガーメイル、チームタップの後継馬アーネストリー、前年の勝ち馬ドリームジャーニーが上位人気を形成。ナカヤマフェスタは輸送を考慮して早めの栗東滞在となったが、菊花賞の大敗のイメージが強くて8番人気の伏兵だった。まぁ俺もブエナビスタ軸でこれら上位人気馬を中心に予想してたが「一発があるならこの馬」と押さえで購入してた。
レースはナムラクレセントが逃げ、アーネストリー、ブエナビスタ、ロジユニヴァースが先行集団、ナカヤマフェスタはジャガーメイルと中団、ドリームジャーニーはその後ろという位置取り。
4コーナーでアーネストリーが先頭に並び掛け、ブエナビスタが直線で内を狙い、ロジユニヴァースは直線で失速し、ナカヤマフェスタが外から急追。伸びを欠くジャガーメイルに変わってドリームジャーニーが後ろから迫るが、前年時の切れは見られず。最後は3頭の叩き合いとなったが、ナカヤマフェスタの勢いが勝り、ゴール前で見事に抜け出した。

待望のGⅠ馬となったナカヤマフェスタだが、次走はなんと凱旋門賞に挑戦する。ただ、注目は皐月賞馬ヴィクトワールピサに集中し、ナカヤマフェスタはフォワ賞で2着に入ってもあまり注目を集めなかったが・・・勝負所で不利を受けながら、直線でワークフォースと激しく叩き合ったのはナカヤマフェスタだった。
最後は競り負けての2着だったが、アタマ差という着差は日本馬として最も凱旋門賞勝利に迫った最小着差である。宝塚でも凱旋門賞でも件の方と盛り上がったのは言うまでもない。

この2着でナカヤマフェスタの評価は上がり(レーティング127は当時の世界5位)、ジャパンCで2番人気の支持を集めたが・・・直線はさっぱり伸びず14着に惨敗。レース後、左肩ハ行と左前脚に内出血を発症が判明して有馬記念は回避。翌年は春シーズンを休養して凱旋門賞に再度挑戦したが11着に終わり、引退が発表された。

それから数年が経ち、種牡馬となったナカヤマフェスタの初年度産駒は今年デビューを迎え、マヤノトップガンは種牡馬生活の引退が正式に発表された。
2つの掲示板で交流があった人々は震災の影響や私生活で多忙な時期に入ったのか、次第に書き込む頻度が減り、遂には顔を見せなくなって1つの掲示板は消滅した。
俺も自分のブログに拠点を移し、掲示板に書き込む回数は目に見えて減ったが、もう一つの掲示板にあるマヤノトップガン産駒の応援スレは未だに運営してる。
俺が掲示板を離れた時期にスレを運営し、戻って来た時もそれまでと変わらずに接してくれた恩義は忘れてないし、来る者は拒まず去る者は戻るまで待つのが信条。もし、件の人が戻って来たら最初に書き込む内容は決まっている。

「いよいよ、ナカヤマフェスタの産駒が走りだしましたね」

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My Favorite Horse Vol.23 ヴェルデグリーン

JRAの公式発表では腸閉塞が死因になってるが、開腹手術を行ったところガンが腸全体に転移してて手の施しようがなかったとか・・・あまりにも突然で残念なヴェルデグリーンの訃報だった。

このコーナー(久方ぶりの復活だが)で取り上げてた他の馬に比べると肩入れした期間も短ければ、思い入れもそれ程深くない。けれど、単なるニュースの一つとして書くのは何となく違うと感じたので、このコーナーで取り上げる事にした。

この馬の存在を認識したのは、馬券では2着3着4着と悔しい思いをさせられた昨年のオールカマーから。ペースが向いたとはいえ、捲り気味の大外一気を決めた末脚に「これは人気薄の一発で片付けられない」と感じた。これ以降「中距離戦線では一定の警戒が必要」と何となく肩入れする事になる。

天皇賞は大外枠を引いた上に内有利のトラックバイアスで流れ込むのが精一杯だったが、有馬記念では実績では頭二つ三つ抜けてたオルフェーヴルやゴールドシップがどうしても信頼し切れなかった事もあって、内枠を引いて経済コースを立ち回れそうなこの馬を思い切って本命視。結果は捲って行ったオルフェーヴルの後を追いかける競馬をして直線で止まったが、色気を持って勝ちに行った田辺の騎乗には納得してる。長い下積み生活を経て頭角を現して来た田辺が主戦という点も、何となくこの馬に肩入れする理由の一つだった。

そして、勝負所から捲って行く従来の戦法を取り、耐久戦の様相となった直線の叩き合いを制したAJCC。馬連は取り逃したが、単複を買い足した事で漸くこの馬絡みで美味しい思いが出来た。自分の直感で肩入れするようになった馬が重賞で勝利し、その馬券を取るのは単に馬券を取る事よりも格別な喜びがある。ヴェルデグリーンは久方ぶりにその楽しみを与えてくれた馬だった。


中山記念(5着)からの直行となった宝塚記念はまるで見せ場のない殿負けを喫したが「今回は馬場が合わなかった。条件さえ合えばまた巻き返せる」と思っていたが・・・今振り返れば、この時既に病魔に蝕まれていたのかもしれない。秋以降の一発を期待していたのだが・・・合掌m(__)m

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